1970年代後半のアニメブームの勃興期を、当時のアニメ映画ポスター、アニメグッズ、セル画コレクションなどの展示から振り返ります。「テレビまんが」としてひとくくりにされ、「アニメ」という言葉すら定かでなかった時代に、自分たちの手で同人誌を作り、ファン同士で交流を深め、そして時にはアニメスタジオを訪問し作り手と交流さえしていた若者たちがいました。そういう時代背景と、彼らの熱気があって、日本初の商業アニメ専門誌「アニメージュ」が生まれました。
本エリアでは、「アニメージュ」に先行して存在していたアニメ関連出版物も広く展示することで、「アニメージュ」の他にない独自性を示します。
1979年4月から放送が開始されたテレビアニメ「機動戦士ガンダム」に「アニメージュ」は注目し、雑誌をあげて全面的に応援しました。「ガンダム」を作っているのはどんな人たちなのか、富野喜幸(由悠季)監督をはじめ、美術・デザインに係る人々や作品に命を吹き込む声優の人々を、繰り返し特集で取り上げました。読者は、初めてアニメを誰がどのように作っているのかを知り、作品と同じように「作家」たちにも熱い視線を送るようになったのです。
本エリアでは、「アニメージュ」がガンダムブームをどう伝え、ファンがどう受け止めたのかを誌面の再現や当時の制作資料で振り返ります。
また、ガンダムブームのもうひとつの表れである「ガンプラ(ガンダムのプラモデル)」に注目し、初期ガンプラによる「機動戦士ガンダム」の名シーンを立体で表現したジオラマも展示します。
ガンダムによって加速したアニメブームは、若い作り手が参加した作品が増えるなど、さらなる発展を続けます。「アニメージュ」にも、鈴木敏夫の方針でファンと同世代のアルバイトスタッフが大量に投入され活気づきます。また「アニメージュ」の活動は範囲を広げ、ファンとの大規模な交流イベントやラジオ番組、レコードやビデオが生まれ、出版物も文庫本やムック本などが続々と発刊されます。雑誌の枠を超えた拡大は、いずれ自身が主導するアニメ作品制作へとつながっていくのです。
本エリアでは、「アニメージュ」がガンダムブームをどう伝え、ファンがどう受け止めたのかを誌面の再現や当時の制作資料で振り返ります。
本エリアでは、鈴木の志向性が色濃く出た「表紙」と「付録」のギャラリーをお楽しみいただけます。特に、付録は「情報誌」には珍しく、市販品よりも凝ったグッズや冊子、ポスターなどが毎月ついていました。かつてのファンにはたまらなく懐かしい、貴重な付録や広告物を展示します。
鈴木は、「アニメージュ」の編集を通じて、二人の作家と出会いました。高畑勲と宮﨑駿、アニメージュの創刊号で特集した日本のアニメーション史に残る名作「太陽の王子ホルスの大冒険」を中心で生み出した二人です。鈴木は、ガンダムや宇宙戦艦ヤマトなどの松本零士アニメが大人気だった81年8月号に宮﨑駿監督の31ページにもわたる大特集を掲載したのを契機に、一気に高畑・宮﨑らに寄りそう路線をとることを宣言したのです。
本エリアでは、 82年2月号の原作マンガ連載開始を経て、84年に映画「風の谷のナウシカ」が誕生するまでの道のりを振り返ります。さらに、今まで紹介されることの少なかった、貴重なレイアウトや原画、美術ボードなどの資料を、その描き手が「アニメージュ」でどう紹介されてきたか、という視点から多数展示します。
中でも、また、「アニメージュ」という雑誌から映像制作が始まったという表れとして、徳間書店制作の他の映像作品をまとめて紹介。鈴木が力を入れた押井守監督作品「天使のたまご」の貴重な資料展示や、今回初公開となる「風の谷のナウシカ」のセル画にも注目です。
ナウシカ役 声優の島本須美さんが担当
ガイド専用機/アプリ:650円(税込)
〔主 催〕MBC南日本放送(南日本放送創立70周年記念)
〔企画協力〕スタジオジブリ・三鷹の森ジブリ美術館
〔協 力〕徳間書店、マクセル、特定非営利活動法人アニメ特撮アーカイブ機構
〔企画制作〕ニュートラルコーポレーション
〔後 援〕鹿児島県、鹿児島県教育委員会、鹿児島市、鹿児島市教育委員会、南日本新聞社、鹿児島県観光連盟、RKB毎日放送、NBC長崎放送、熊本放送、OBS大分放送、MRT宮崎放送、琉球放送
〔お問い合わせ〕MBC編成局事業部 TEL:099-254-7112(平日9:30~17:30)